労働力も商品であり使用価値と交換価値がある。搾取と等価交換

労働力も商品であり「使用価値」と「交換価値」がある

マルクスは「資本論」の中で、商品には「使用価値」と「交換価値」があると書いています。

商品の「使用価値」とは「使って役に立つ」ということ。

商品の「交換価値」とは「他の商品を交換するときの値打ち」のこと。それは通常「貨幣の量」つまり「価格」によって表されます。

さらに、マルクスは「労働力」も「商品」であるとし、労働力にも「使用価値」と「交換価値」があると言います。

労働力の「使用価値」とは、「労働者を労働させる」ということです。

労働力の「交換価値」とは、「労働者が働いて労働力を売ったことに対する価値=賃金」です。分かりやすく言うなら、日当みたいなものです。

「資本論」では、労働力の価値は労働者が翌日も元気に働くために、衣食住にどれだけの費用がかかるかによって決まるとあります。

資本家はその費用を賃金として労働者に支払います。

必要労働時間(労働者の賃金)

労働者が1日に生活するのに必要な労働時間を「必要労働時間」と言います。

必要労働時間

この「必要労働時間」は「労働者が生きるために必要な賃金」ということでもあります。

ところが、「必要労働時間」だけであれば、資本家は何の利益も出せません。

剰余労働時間(剰余価値)

それでは困るので、資本家はさらに労働者を働かせようとします。

これを資本家の利益分を含めて、「剰余価値」という言い方をします。

そして、「剰余価値」を得るための時間を「剰余労働時間」と言います。

剰余労働時間

資本家が労働者を余分に働かせる、労働者を賃金以上に働かせて利益を出すということです。

搾取と等価交換

そして、この「剰余価値」が資本家にとっての「搾取」になります。

搾取

しかし、資本家はこれを「搾取」とは考えず、価値通りに交換する「等価交換」と考えています。

ここがマルクスが解明した最も重要な秘密で、資本主義社会がごく普通の「等価交換」に見えてしまう。

資本家が利益を得ているのに、なぜ「等価交換」に見えてしまうのか?

「労働力という商品」を「労働者」の側から見る

労働力と賃金の等価交換

労働力という商品を労働者の側から見ると、「労働力の交換価値」は「労働者が翌日も元気に働くためにかかる費用」なので、資本家はそれに見合う「賃金」を支払います。

この場合、「等価交換」が成立しています。

「労働力という商品」を「資本家」の側から見る

剰余価値・搾取

労働力という商品を資本家の側から見ると、資本家は手に入れた労働力を当初の交換価値を超えて使います。

すると、労働力は最初に手に入れた価値以上の価値を生み出し、資本家は利益を得ます。

これが「剰余価値」であり、それを得ることが「搾取」なのです。

労働力は特殊な商品

つまり、「労働力という商品」は資本家が使うことによって「交換価値」以上の価値を生み出す「特殊な商品」なのです。

労働力という特殊な商品、特殊性によって資本主義が成り立っているということです。

つまり、資本主義とは資本家が労働者を働かせれば働かせるほど儲かるという構図です。

労働者の労働時間を長くする絶対的剰余価値、短くする相対的剰余価値に続く »