ニーチェ「ツァラトゥストラ」が19世紀末に再評価、戦後の新たな思想の源流に

最初は全く見向きもさらなかったニーチェの「ツァラトゥストラ」

スイス南東部の保養地シルスマリアには、ニーチェ・ハウス(ニーチェの記念館)があります。

ニーチェが「ツァラトゥストラ」の着想を得て、その一部を執筆した家です。

「ツァラトゥストラ」は当時、人々の理解を超える内容から、ほとんど見向きもされませんでした。

最終巻の「ツァラトゥストラ」第4部にいたっては、わずか40部ほどをニーチェが自費出版しただけです。

その後、ニーチェは精神を病み、思想家として活動が全くできなくなります。

19世紀末に「ツァラトゥストラ」の再評価

病に倒れた晩年(1889年)から20世紀にかけて、ニーチェの思想は次第に認められるようになります。

19世紀の古い価値観を打破したいと考えたヨーロッパの新しい知識人がニーチェに共鳴しはじめたのです。

ところが、1930年代になるとナチスによってニーチェの思想がゆがめられて解釈されてしまいました。

「強者が弱者が支配することを肯定する思想」と間違って解釈され、ユダヤ人迫害の正当化に利用されてしまいました。

戦後の新たな思想の源流に

第2次世界大戦後、ニーチェに再び光が当てられます。

近代の価値を転換する思想として、特にフランスの哲学者や批評家などに注目され、戦後の新たな思想(脱構築、蕩尽の哲学、ポスト・モダンの哲学、存在論)の源流となったのです。

歴史の波に翻弄されながら読み継がれたニーチェですが、現代では読者の裾野が広がり、日本の若い世代にも大きな影響を与えています。

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